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HOME > ESSAY/エッセイ > A33.僕は建築をつくる方法の多くを、Saabのステアリングを握ることから学んできた |
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A33.僕は建築をつくる方法の多くを、Saabのステアリングを握ることから学んできた |
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僕は学生の頃に設計事務所でアルバイトをしていたのだけれど、
その設計事務所で当時、設計チーフとして働いていた建築家のU野さんとその時にはじめて出会った。
今でもその時の光景を僕はありありと思い出す事ができる。
当時の設計事務所は当然の事ながら手書きが主流だったので、
事務所には図面をしまう大きな引き出し式の図面ケースというものが、
どこの設計事務所にもあったのだけれど(僕の事務所にもまだある)、
U野さんはジーンズに黒いタートルネックのセーターを着て、
その図面ケースからこれから描く図面を出しているところだった。
これからバイトするという事でU野さんに紹介されると、図面を出しながら「おう!」と返事をした。
U野さんはラフなジーンズ姿だったので(その他のスタッフは皆スーツを着ていた)、
僕もてっきり「この人もバイトの人かな。」と思った(笑)。
アルバイトをその設計事務所で初めて、U野さんと仕事をしながらいろいろな話をさせてもらった。
ちょうどU野さんと僕は帰る方向が一緒だったという事もあり、
帰り道での車の中や電車の中で、建築の事やデザインの事、哲学の事などについてよく話した。
その後その設計事務所で正式なスタッフとして働くようになり、
U野さんが独立するまでの1年間を一緒に仕事させてもらった。
その時に得たものが建築という道を歩む今の僕の根底にある事は言うまでもなく、
U野さんとの出会いは僕の建築人生の中でも最も大きい出会いだったと言える。
しかしその頃の僕はあくまでもまだ若く、
建築という概念も(今だからこそ思うが)どちらかというとまだ漠然としたものだった。
そんなまだ漠然とした概念を自分の中にもっとリアルなものとして定着させてくれたのが、
現在の僕の愛車のSaabである。
もちろん様々な設計の経験や現場での生の経験が、
建築をいかにつくるのかという事を教えてくれたのは間違いないのだけれど、
僕がSaabから学んだ事はそういった事ではなく、
僕がこの建築という世界で生きていく上でとても基本的かつ重要な事であり、精神的な事である。
デザインとは何か?
ものづくりとはどういったものなのか?
人がつくり出すものの世界観とは?
Saabのステアリングを握りながらいつも自問していた。
もちろん今まで自分が考えてきたことから大きく飛躍して答えが出ることはない。
そのほとんどが自分が漠然と考えていた事の延長線上にあると言える。
しかしその自分の考えの延長線上にあるものを、
もっと自分の身体や心のひだに沁み渡らせるように定着させるのにはそれなりの時間がかかった。
単に人を驚かせるようなデザインはしない事。
デザインは控え目で、決して品性を損なわない事。
当たり前のことを当たり前に、そして少しでも良くなるように誠実につくり上げる事。
ものづくりには必ず人間と向き合っている事。
そしてそのパーソナリティが表れてほしい事。
その世界観にどっぷり浸れる事。
そして何より心地良い事。
長い間Saabのステアリングを握っているといろいろな出来事に出会う。
楽しい事。
あまりうれしくない事・・・。
しかしその両方があってはじめて世界が両立する。
良い事ばかりではない。
それはファンタジーではなく、あくまでリアルな現実世界だから。
その両方を知っているからこそ得るものもある。
僕は残念ながら溢れるような天性の才能というものは持ち合わせていない。
次から次へと建築のアイデアが浮かび、斬新な建築をつくり続けるなんて事は到底できない。
もちろんあんまりしたくもないのだけれど・・・。
流行の建築というものにもほとんど興味はないし、
自分が良いと思う建築のあり方を、
小さな石を積み上げるように少しずつ日々積み上げていくしかないと思っている。
そしてその積み上げた小さな石は手を抜いた積み上げ方をすれば、
いつの間にかガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまうものだ。
しかし小さな石を一つ一つ丁寧に積み上げるようにつくり上げたものは、
いつまで経ってもその新鮮さを失わないものだ。
20年以上を経たSaabがそれを僕に教えてくれる。
少なくとも僕はそう感じている。
単なる目新しさやきれいさ、
ましてやマーケティングに合わせてつくられたものは長い年月に耐える事は出来ない。
僕はその小さな石をきちんと積めているだろうか?
少なくとも丁寧に積んでいるとは思っているけれど、
絶対的な自信というものまでは持ち合わせていない。
その答えは僕のクライアントの中にきっとあると思う。
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